お侍様 小劇場
 〜枝番

   “本日はお日柄も良く” (お侍 番外編 122)



     3  〜女子高生たちサイド



今や、大都市 東京M区の顔、
超ハイソで超エグゼクティヴなホテルとして、
国内外のどんな階層からもご愛顧いただいている ホテルJにも、
挙式と披露宴とが合体した
“ウェディング・プラン”というのがあって。
都心とは思えぬ広大な緑の中にある、
瀟洒なチャペルでのウェディング。
ドレスの品揃えも豊富なら、披露宴で供される料理も秀逸、
引き出物のセレクトにも幅があり、
新婚旅行の手配というオプションもある他に、
招待客への旅券の手配も含む宿泊サービスまで整えた…という。
至れり尽くせり、どんなご要望へも柔軟に応じますという、
肩を張らない自由なプラン設定を売りにしておいで。
さほど、風格だの格式だのにはこだわらない、
あくまでもお客様への心づくしをと念頭においているものの。
何しろ今や
“日本屈指の”という冠がついてまわる格のホテル。
各界の名家や、政財界の方々もご利用という、
超一流どころであるのも揺るがぬ事実ゆえ。
普通一般の若い世代には敷居が高いか、
まずはの下見にさえ、ご相談にさえ、
立ち寄っていただけないのが歯痒い限り。
それなりのお家柄の方々が、
息子さんや娘さんのご婚礼にと
ご利用くださるから良いじゃないかとか、
芸能人が大枚はたいて取材陣も呼んで、
派手に使ってくださりゃあそれがそのまま宣伝にもなってる。
それで十分じゃあないかってもんじゃあないのだと。
そんな先すぼまりな客層に安堵していちゃいかん…とまでは
さすがに言われちゃあいないが、
三木コンツェルンの惣領、
福耳の麻呂様の意向は、
いつだってそのくらいは前向きでおわすため。
配下の皆様もその辺りへの意気は同じ、
安穏としていていい商売はないぞとばかり、
斬新で画期的な宣伝や企画へのプランを、
広報や渉外担当の部署が日々検討しておいででもあったのだが。

 そんな中、

あちこちでのプロモートに使う画像資料としての素材へ、
初めて“動画を導入しませんか”とのお声が上がったのが、
来年のジューンブライドへの企画会議の席にてのこと。
今や常態化している晩婚化も相俟って、
婚礼事業は とかく競争が激しい。
なので、とにかく運んでいただかにゃあ話は始まらぬとはいうが、
だからといって、
ただCMをバンバンと流す、大安売りのような宣伝もちょっと。
どんなに凝った映像を工夫しても、
昔からのご贔屓層には、
価値を下げるようでと好ましく思われぬに違いない。
なので、ブライダル関係のフェスティバルなどで
モニター・ディスプレイのソフトとして会場へ置いてもらったり、
商談会などで流してもらうPVのような、
魅力ある動画素材を作りませんかとのお声が若手から上がり。
確かに、
パンフレットやホームページだけでは限界もあるのは判るが、
ホテルの施設紹介という形なら既にPVはあるぞとの反論へ、

 『ですから、チャペルでの挙式の一部始終をね。』

発案者が滔々と述べた 更なる核心はといえば。

 モデルケースといいますか、あるいは仮想現実風に

それは豪華な、あるいは夢のようなひとときですよという、
挙式の一部始終へのガイドを兼ねた、
華やかで魅力的な動画素材を撮影しませんかと、
言いたい彼であったようで。

 『今時の人というのは説明書やパンフレットが苦手です。
  強く情報を欲しているなら別ですが、
  どんなに巧みな美辞麗句を並べたところで、
  手持ちの語彙が貧困なのか、
  それが意味するところが、なかなか判らないし伝わらない。
  ラグジュアリィだのセレブリティだの並べても、
  曖昧なイメージでしか把握はされず、
  ビジュアルなイメージにはなかなかつながらず、
  結果、ピンとは来ないのですよ。』

かといって、そのときどきのみ通用しているだけの、
ファッション用語じゃ横文字じゃで判ってもらおうというのでは、
昔からのお付き合いのある筋には、軽率との印象を与えもしましょう。

 『リスペクトは知っていても、オマージュは判らないという
  イマドキの方々へだけへ絞って、
  需要目線を合わせるのは、確かに偏向はなはだしいことです。』

ですのでと、
どんな方向性の内容とするか、構成はカラーは主張はと、
老若男女の層からスタッフを招き、
会議を重ね、吟味を重ねて出来た案が





 「パンフレットでもお馴染みの、
  それは麗しい三木家令嬢を主人公に、
  半端な女子ゲーも真っ青な、夢の結婚式を映像化、ですか。」

 「………。(…頷)」

何だかんだ言ったって、久蔵お嬢様の人気は相当なもの。
海外からの大物アーティストや映画監督から、
有名俳優に各国の大富豪、大企業の主幹らまで。
幼いころから それはそれは愛らしくも美人さんだった
しかも大人しくて品もあった久蔵お嬢様に逢うのを楽しみにと、
ホテルJを定宿とし、
毎度訪のうてくださるのは、違えようのない事実だし。
お初なはずの賓客が“知人からもらった”と、
ホテルJの前版のパンフレットを見せてくださることも多々。
そこまで判りやすい“スター”がいるのだ、
そこは動かさぬキャスティングだとして、

 「動画、ですか。」
 「〜〜〜〜〜。///////」

あらためての指摘へ、久蔵が首を縮めてしまうのもまた珍しいこと。
とはいえ、しおしおとなってしまうのも この際 無理はないだろう、
とある事情が彼女にはあって。

 「写真はまだ(構わない)。」

言われたポーズを取り、じっとしているところを、
好きなように…角度や照明に工夫してもらって
撮られてりゃあいいのだから。
禅の極意よろしく、
心頭滅却、置物になっていればいいのだけれど。

 「いや、モデルさんたちはそれなりの工夫もするそうですが。」
 「???」

表情やポージングを自分でも研究し、
メイクや小物へも研究を怠らず、
自分のカラーというもの、確立しているお人もおいでなんだよと、
一応は、そこを言い聞かせた白百合さんだったものの、

 「そうですよね、全然勝手が違いますよねぇ。」

判りますよと細い肩を撫でて差し上げる。
本格的なドラマや映画じゃなし、
大層な演技までは要らぬと言われても。
ともすれば息を詰めてのお人形の真似で通せる
“止め絵”の写真と異なり、
手の挙げ下げや所作、瞬きまでもを追われるなんて。
落ち着きません、恥ずかしいです…とくるかと思いきや、

 「…つい、手が出かかったら。」

どんなに反射的な行為でも、
相手へ特殊警棒かざしてしまったら、
それってやはり傷害罪とか暴行未遂なのかなぁと。

 「何を心配してますか、あなた。」
 「……。(だって)」

すっかり慣れたつもりだったひなげしさんが、
意外なお言葉へと コケかかり。
思わずのこと、ツッコミを入れたくらいの斜め着地っぷりだったが、

 「でも それって、
  確かに笑ってられないポイントですよ、ヘイさん。」

こちらは、その程度の誤差からして織り込み済みか。
微塵も動じず、
紅ばらさんが持って来た、企画書とやらのコピーを真摯に見つめ。
あちこちチェックしつつ
“う〜んう〜ん”と唸っておいでの白百合さんで。
資料の中には、シナリオに沿ったカット割りや、
こういう構図ですというシーンごとの絵コンテまで添えてあり。
結構 本格的と言うか、既にそこまでお膳立ては整ってるらしく。

 「ご両親想いの久蔵殿としては、
  期待にこたえたいのは山々なのでしょうけれど。」

白い指先でちょんちょんと自分の口元をつついてた、
白百合さんこと七郎次も、

 「久蔵殿が案じている、
  突発的に乱暴を働かないか…というのは、
  実際の話、結構なネックですよ。」

コンテのあちこちを見ては“う〜むむむ”と目元を眇めてしまう。
何だどうしてと同じように覗き込んだひなげしさんも、
あ…っと やっとこ気がついたようで。
それへ“でしょ?”というお顔を向けた七郎次お嬢様、

 「本来なら、
  こういうケースで一番案じられるのは、
  期待されてるほど上手にこなせるかどうかなのでしょうが。」

だがだが、そこは今時の女子高生なのだから。
写真も動画もお手軽に撮れるツール、
デジカメやらケータイやらの普及で、
一昔前の同世代に比すれば、動画撮影にも どんと慣れはある。

 「それより何より、
  バレエで舞台に立ってもおいでなのだから、
  そうそう あがるとかトチるとかいう
  恐れはないはずですし。」

 「ですよね。」

それに、何となればお芝居も出来なくはない。

 『え〜〜? アタシたち詳しくは知りませ〜ん。』
 『怖かったぁ〜。』
 『………。(頷、頷)』

駆けつけた警察や報道関係者を前にしての、
騒動に巻き込まれた被害者ABCで〜すという、
白々しい演技も結構上手だ。(おいおい)

 よって、一番の、そして由々しき問題なのが、

 「密着状態の撮影スタッフや、相手役の花婿さんを、
  うっかり飛び出した手刀や二段蹴りで
  薙ぎ倒しかねないのが困ると。」

何せ、お題目がまずいけない。
愛する二人がやっとのことで迎えた挙式、
祝福の拍手に包まれながら、
睦まじく寄り添い合って…という構図がどかどか出てくる。
いっそ そうでないカットを探した方が早いくらい。
そして、そんな画面を撮るからには、
運動会や学芸会を撮るホームビデオじゃあないのだから、
撮影陣も被写体へも遠慮なく寄りまくりとなるのは必至であり。
背後からお顔へと舐めってての、
含羞みに微笑むお顔のアップ、なんて。

 「どっかの殺し屋ではありませんが、
  背後に立たれては落ち着けませんよね。」

 そういや、散髪はどうしてるんですか?
 刃物持った人が背後に立たれて平気ですか?
 え? ずっと兵庫さんがやってくれるって?
 爪切りも面倒を見てくれてる?
 利き手の爪の手入れを預けても平気な人なんて
 滅多にいないから?
 そりゃあ御馳走様でした…という
 微妙な脱線もあったのはともかくとして。

 「アタシたちも同席しましょうか?」
 「いやいや、それでもカバーは難しいですよ。」

攻性方向へ特化されている紅ばらさんよりは
抑えも利く白百合さんと、
後方支援担当のひなげしさんも加わっての
3人くっついての行動を撮影…というパターンであれば、
あとの二人で挟み込んでのフォローも可能かもしれないが。

 「そっか。あくまでも撮影されるのは花嫁と花婿。」
 「そう。モブとして、背景扱いでの参加以上は無理でしょね。」

披露宴ではなく、チャペルでの挙式の詳細紹介をという撮影だ。
シナリオや絵コンテを見る限り、
主役の二人をのみ集中して追うという、
ドラマチックなドキュメント風構成になっているので、
撮影関係者が“黒子”として近寄ること以外、
勝手な行動は許されやしなかろう。

 「コトが起きてから誤魔化すしかないですかね。」
 「いっそのこと、
  動きを制約するコルセットとか作れませんか、ヘイさん。」

意外というか、思わぬ方向で
途轍もない危機感に襲われておいでの三華様たちなようだったが。

 ややあって

 「……アテがないではない。」

久蔵お嬢様、
お膝へ乗り上がっての
ゆったりお昼寝と決め込んでおいでのくうちゃんを撫でつつ、
そんな一言をぽつりと零した。
よほどに使いたくはなかったらしい奥の手を、
こうなったら…と発動させることとしたらしく。

 「ダメもとではあるが…。」

半分くらいは自業自得な困難であるというに、
それでもあのねと、真剣なお顔になったお友達二人。

 「無理はなさらないでね?」
 「そうですよ?
  何だったらCGの花婿を売り込んだっていいんですからね?」

まずは、花婿の身元が誰であれ、
それじゃあ譲れないと盛大に駄々をこねるんですよ。
そうそう、そこへ渾身のCGを売り込んで…と、
きっちりと段取りも組んでくれてる彼女らなのへと感謝をしつつ。


 でもね、あのね、
 ちょっとだけなんだけどもね

 叶ったら嬉しいかもという期待の欠片が
 胸の奥底で甘酸っぱく疼いていた
 紅ばらさんでもあったらしいですよ?





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  *久蔵お嬢様、七郎次さんと来て(熱帯夜にみたの夢の話だったけど)
   次はヘイさんの番のはずでしたね。ひなげしさん、すまんすまん。
   とはいえ、あのお二人は波乱とか意外性がついて回りにくいと思われ、
   あっけらかんと結婚してしまうんじゃなかろうか。


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